04月26日(金)、晴。朝から晴れて暖かい陽気に恵まれた。明日から。ゴールデンウィーク(黄金週間)が始まるが、何の予定もない。毎年そうだが、行楽地は若手に譲って、家のことをしようと考えている。
オンライン英会話教室の続き…。このプライベートレッスンは、地理の勉強にもなる。今日の講師のJさんは、ペンシルベニア(Pennsylvania)州、エフラタ(Ephrata)に住んでいて、人口は13,000人くらいだという。街の様子を示す写真も添付してくれた。
レッスン後、ネットで場所とかを確認する。このEL教室で初めて知る都市や町がけっこうある。
『大鳥圭介』(星亮一著)から、引用を続ける。
「大鳥は探究心の強い男だった。オランダ語はもちろんのこと英語もかなりの水準に達していた。英語の師匠はジョン万次郎なので発音は完璧に近いのだが、直接、外国人と話したいという欲求がわいた。思い立ったら即実行である。大鳥は横浜に出かけて宣教師ブラウンの高弟トムソンについて英会話を学んだ。おかげで大鳥の英語は飛躍的に上達した。
(写真)大鳥が作った活字を使った印刷物。
この意欲はどこから湧き上がってくるのか。外国事情習得のための飽くなき挑戦であり、世界最新の兵学の習得のためだった。当時の人々の血のにじむような努力には、驚くほかない。
「そろそろ結婚すべし」と周囲から勧められ、万延元年(1860)、28歳のとき、松江藩士矢島大三の長女みち22歳と結婚した。妻について大鳥は触れていないので、よく分からないが、大鳥は自由奔放なタイプである。それに耐える女性であっただろう。(続く)」(前掲書、p19〜20)
当時の人の英会話は、どん風だったのか?当時の様子を知る手がかりとして、写真や文書は残っているが、今でいう「音声録音」のようなものがないから、大鳥がどんな英語をしゃべったかはわからない。著者は「かなりの水準に達していた」としているが、何を根拠にそう言っているのだろう。知りたいところだ。(続く)
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