車を護っている従者たちも、口々に廖化の善心を賞めて関羽に告げた。
「仲間の杜遠が、二夫人を分けてお互いの妻にしようじゃないかというのを、廖化は断然こばんで、
杜遠を刺し殺したのでした。どうしてあんな正義心の強い男が、山賊などしているのでしょうか」
関羽は、あらためて廖化の前にすすみ、
「二夫人のご無事はまったく貴公の仁助である」と深く謝した。
廖化は、謙遜して、
「当り前なことをしたのに、あまりなご過賞は、不当にあたります。ただ願うらくは、私もいつまでも
緑林の徒と呼ばれていたくありません。これを機に、御車の供をお命じくだされば、幸いここに百十余の歩卒もおりますから、守護のお役にも立つかと思われますが」と、あわせて希望をのべた。
しかし、関羽は、その好意だけをうけて、扈従の願いは許さなかった。かりそめにも山賊を供に加えて歩いたと聞えては、故主玄徳の名にもかかわるという潔癖からである。
廖化はまた、せめて路用のたしにもと、金帛を献じたが、それも強って断ったけれど、その志には深く感じて、関羽は別れるに際して、この緑林の義人へこう約した。
「今日のご仁情は、かならず長く記憶しておく。いつか再会の日もあろう。関羽なり、わが主君なりの落着きを聞かれたら、ぜひ訪ねて参られよ」
車は、ふたたび旅路へ上った。 道は遠く、秋の日は短い。

三日目の夕方、車につき添うた一行は、疎林の中をすすんでいた。
片々と落葉の舞う彼方に、一すじの炊煙がたちのぼっている。隠士の住居でもあるらしい。
訪うて宿をからんためであった。関羽が訪うと、ひとりの老翁が、草堂の門へ出てきてたずねた。
「あんたは、何処の誰じゃ」
「劉玄徳の義弟、関羽というものですが」
「えっ……関羽どのじゃと。あの顔良や文醜を討ったるお人か」
「そうです」
老翁は、かぎりなく驚いている。そして重ねて、
「あのお車は」と、たずねた。
関羽はありのまま正直に告げた。老翁はますます驚き、そして敬い請じて門のうちに迎えた。
二夫人は車を降りた。翁は、娘や孫娘をよんで、夫人の世話をさせた。
「たいへんな貴賓じゃ」
翁は清服に着かえて、改めて二夫人のいる一室へあいさつに出た。
関羽は、二夫人のかたわらに、叉手したまま侍立していた。老翁は、いぶかって、
「将軍と、玄徳様とは、義兄弟のあいだがら、二夫人は嫂にあたるわけでしょう。……旅のお疲れもあろうに、くつろぎもせず、なぜそのような礼儀を守っておいでかの?」
関羽は、微笑をたたえて、
「玄徳、張飛、それがしの三名は、兄弟の約をむすんでおるが、義と礼においては君臣のあいだにあらんと、固く、乱れざることを誓っていました。故に、ふたりの嫂の君とともに、かかる流寓艱苦の中にはあっても、かつて君臣の礼を欠いたことがありません。家翁のお目には、それがおかしく見えますか」
「いや、いや、滅相もない。いぶかったわしこそ浅慮でおざった。さても今どきにめずらしいご忠節」

それから老翁はことごとく関羽に心服して自分の小斎に招き、身の上などうちあけた。この老翁は胡華といって、桓帝のころ議郎まで勤めたことのある隠士だった。
「わしの愚息は、胡班といって、いまの太守王植の従事官をしています。 やがてその道もお通りになるでしょうから、ぜひ訪ねてやってください」と、自分の息子へ、紹介状をしたためて、あくる朝、二夫人の車が立つ折、関羽の手にそれを渡していた。(155話)
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―次週に続く―