遼寧省(りょうねいしょう)は、東北地区の省の一で省都は瀋陽、他の主要都市として大連があります。
黒龍江省・吉林省・遼寧省及び周辺を合わせた地域を中国東北部と呼びます。元々は満州と呼ぶが、中国や日本では歴史的経緯から、地域名として満州を使うことは忌避される傾向にあります。
北東部を吉林省、北部を内モンゴル自治区、西部を河北省と接します。また南西部は黄海と渤海に遼東半島が面し、南東部は北朝鮮と接します。
戦国時代に燕の勢力が遼河流域に伸び、漢代に遼東郡が設置されたが、その後の中国の混乱により、鮮卑や高句麗、契丹、女真など異民族が支配する地となりました。明代には再び漢人勢力が遼東に進出したものの、満州族が興起して清朝を樹立、逆に全中国を支配しました。清朝は祖先の地である満州に漢人の入植を禁じる封禁政策をとったが、1860年に全面解禁し、山東省などから多数の漢族が入植しました。
満州をめぐるロシアと日本の勢力争いは日露戦争を引き起こし満州の各地は戦場となります。清朝滅亡後の軍閥時代には張作霖とその息子の張学良の奉天軍閥がこの地方を実質支配しました。その後、関東州(大連)を根拠地とした日本は1931年に満州事変を起こし、清朝最後の皇帝溥儀を擁立して満州国を樹立しました。
中華人民共和国建国後、遼寧地域は遼東省と遼西省及び瀋陽、旅大、鞍山、撫順、本溪の中央直轄市が成立しましたが、1954年8月遼東、遼西両省や中央直轄市は廃止され、遼寧省に統合されました。
遼寧省には満族、モンゴル族、回族、朝鮮族,シボ族など43の民族が住み、少数民族人口は655万人、全省の16%を占めます。1950年代に阜新モンゴル族自治県と喀左モンゴル族自治県が成立し、改革開放後には新賓、清原、岫岩、本溪、桓仁、寛甸の6満族自治県,35少数民族鎮,105民族郷あるいは民族联連合自治郷が創設されました。
遼寧省は14の地級市からなります。
* 瀋陽市、大連市、錦州市、撫順市、鞍山市、本渓市、鉄嶺市、朝陽市、盤錦市、営口市、葫芦島市、 丹東市、遼陽市、埠新市 [改訂履歴] |
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